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木灘日記

日記を書きます。

こんなに肌に馴染む言語感覚を他に知らない - 平方イコルスン『スペシャル』

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最近あんまり漫画を読まなくなってきていて、いや、読まないと言っても流行り物には結構手を出しているしまったく漫画を読まない人間からすれば十分に漫画を読むオタクであることには違いないのだが、書店などで所謂ジャケ買いをするようなことがめっきりなくなった。

これを面白い作品への欲求の鈍麻、おっさんになって守りの姿勢に入った、など様々に受け取ることは出来るだろうが、とにかくジャケ買いというものをしばらくしていない。

先日、僕は引っ越しをして荷物整理もしたのだが、ハリネズミのように隙間さえあれば本を刺しておいた棚から全てを取り出してみると、想像よりかなりの数の漫画を所有していたことが分かった。そして、これを機に相当量の書籍を処分した。その中には文庫本や単行本、そして当然漫画も含まれた。

処分の基準として、単純に手元に置いておきたいもの、再入手に困るもの、未完結の作品は手元に残すことにした。

そして全巻買ったものの読み返すことは滅多にないだろうものや、金さえ払えばいつでも手に入るもの、発行巻数が少なく電子書籍に切り替えても負担が少ないものなどは気合を入れて処分した。

とはいえ実際やってみると仕分けは困難を極め、前述の通りに綺麗に仕分けられているかというとそんなことはなく、漫画単体としてはそこまで気に入ったものでなくても、他にお気に入りの漫画を描いていたりすると漫画家単位で残してしまうなど、忖度、贔屓のオンパレードであった。

んで、そんな中、新居の新たな本棚に見事スペース勝ち取った幾つかのうち、平方イコルスンの『スペシャル』の3巻が昨年末発売した。

スペシャル 3 (torch comics)

スペシャル 3 (torch comics)

 

 『スペシャル』がどんな作品なのか一言で言うのは困難なのだが、ジャンルとしてはスクールコメディにあたる。

常に頭部にヘルメットをかぶり続ける女子高生・伊賀こもろと転校生の葉野さよ、そして学校その他の周辺人物によるコミュニケーションの様が描かれているのだが、平方イコルスン独特の文学的言語感覚と人間観察に基づく奇矯なリアクションの応酬がめちゃくちゃ面白い。

この平方イコルスンの独特さは本当に良くて、漫画という限られたスペースのなかで「そこ、必要か?」みたいな登場人物のちょっとした所作や呟きみたいなところを頻繁にコマに拾っていて、でもそういったさりげない一瞬の積み重ねが続くにつれて次第に味わいに変わっていくという、月並みな表現だがスルメのように噛めば噛むほど味がしてくる作家である。

キャラクターのリアクションも奇矯とは言ったが、その奇矯さの面白みだけではなく、そういったキャラクターの言動の根本は我々が日常生活するなかでも感得し得る思考や感情の漫画的誇張表現であり、平方イコルスンの卓抜した言語化センスが光っている。

僕のなかで5指に入る好きな漫画家なのだが、恐らくさほど売れていないように思われるから、ぜひ何かの間違いで流行って欲しいと思う。

あとは完全に願望なんだけど、また小説を書かないかなという希望を7年くらい持っている。

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平方イコルスンは以前「平方二寸」という名前で小説同人誌などを発行していたのだが、7年前、つまり2012年の文学フリマで『世界分の一』という小説同人誌を頒布してから新たに小説を発表していない。

平方イコルスンについてはその少し前にpixivで公開した『けいおん!』の漫画を読んでいて、文学フリマではそれがきっかけでスペースに足を運ぶことに繋がって、結果『世界分の一』を手に取ることとなり、そして平方二寸の小説作品のファンになってしまった。

当時、感動のあまり長文のメールを送って返事までもらってしまったのだが、プロバイダメールだったため解約して以降読めなくなってしまったのが残念で仕方がない。でも、返事が来るとは思っていなかったので相当日和った返信をして半ば一方的に対話を打ち切ってしまったので、曖昧な記憶にしておいたままで良いのかもしれない。

その後は平方二寸が残したフリーペーパー『全家畜』シリーズや他の小説同人誌を手に入れる機会がないか、今でも狙い続けている。

『全家畜』は最後の文学フリマで配布していたバックナンバー+αで幾つか手持ちがあるけれど、『世界分の一』以前の小説同人誌は本当に見つからない。3年ほど前に『猿入り娘』という作品を偶然手に入れることが出来ただけである。

とまあ、自分でもちょっと尋常でない愛好が平方イコルスン(平方二寸)にはあって、小説から漫画の道へ舵を切ったとはいえ彼の言語センスは漫画でも依然発揮されたままであり、一般流通に乗って定期的に作品が読める現状については非常に幸運なことだよな、と思うばかり。以上。

スペシャル 1 (torch comics)

スペシャル 1 (torch comics)

 
スペシャル 2 (torch comics)

スペシャル 2 (torch comics)