Cork

木灘日記

日記を書きます。

定年まで勤め上げることに対する想像の困難さ

さて、取り敢えず口火は切った。

ただ人事から所属先に僕が辞めるつもりだという話は4月以降に展開することになるらしい。面談とかやることになるだろうとか言っていたが、面倒だな。

ついでに今日は異動先の部署の上司から、僕と今の部署の上司に対して異動後の業務について説明があった。どうも僕の仕事ぶりについて褒められたような気がするのだが、既に辞める心づもりでいるから、ほとんど上の空で聞き流していた。

そして今日は僕の正面に座る再雇用の爺さんの退職日だった。

2ヶ月前に買っておいた銀化天目の猪口は昨日のうちに渡したのだが、気に入ってくれたようで良かった。

爺さんは朝から机周りを片付けをしながら、時々菓子の詰まった紙袋をもってあちこちへ挨拶回りへ行っていた。そして、戻ってくるたび何故か荷物が微妙に増えたりしていた。

退職者や異動者の挨拶は週末に予定されている。爺さんは単身赴任の逗留先マンションの片付けや引き払いのため、少し早くしたのだという。だから、課内という括りで爺さんは挨拶をしなかった。菓子を配りながら、その時に席にいた人々と少し言葉を交わして、頭を下げて、それで終いだった。送別会の誘いに対しても爺さんは固辞した。

だから、せめてもの見送りにと、爺さんの退社時間に合わせて都合のつく一部の人間で爺さんを会社の出口まで見送った。爺さんはそこでもはにかんだ笑みで、皆に何度も頭を下げていた。

上司は爺さんの引退を羨ましがっていたが、本人にとってはどうなのだろうか。一昨日、僕が爺さんの帰り際に「あと3日ですね」と何気なく言ったとき、爺さんは苦笑いを浮かべながら「寂しくなるからやめてくれ」と呟いた。

爺さんは広島の自宅でシンビジウムを育てている。もう何年もかけて株分けをして数を増やし続けているのだという。別れ際、僕は爺さんに「大庭園を作りましょう」と言い、爺さんは笑った。

門を抜けてバス停へ向かう爺さん。手には私物と送別の品が入った紙袋をぶら下げている。腰が少しだけ曲がって、小柄な身体がより小さく見えて、次第に距離は離れていき、背中がもっと小さくなって……。