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木灘日記

日記を書きます。

春を視認する

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先日、雨が降るなか映画を観に行った帰り道、僕は信号で止まるたびに空を見上げていた。

何時間も前から雨は降り続けているのに、傘も差さずロードバイクにまたがって街中を走る姿は滑稽そのものだっただろう。だから僕は「こんな雨、なんとも思ってないんだぜ」という意思表明のために空を見上げていたのだ。それで最低限の体面は保たれると思った。実際にはその姿は一層滑稽さを増していたのかもしれないが。

片道3車線の道路が交わる交差点で長い信号待ちをしているとき、ふと上を見上げると桜の木の枝が広がっていた。その枝には無数の蕾がつき、開花の時を待っていた。もう3月も半ばなのだ。ここしばらくの気温にそれとなく感じていたが、遂に春の訪れを視認してしまった。そして僕はまた一つ季節が巡るのだという、あのいつものやりきれない思いを抱いた。

僕は桜があまり好きではない。正確にはどうでも良いと思っていたところから、年齢を重ねて少し苦手くらいになった。桜は春の訪れ、季節の移り変わりを象徴するものであり、季節の移り変わりとは去り行く時間のことだからだ。春を感じると共に、また何も成しえないまま一年が過ぎてしまったというやり切れなさが心中に去来する。

そういえば、桜と言えば映画館で『桜の森の満開の下』のチラシが置いてあった。視界の端に捉えただけで、いつからどのような体でやるのかも確認していなかったが、調べるとシネマ歌舞伎というものらしい。


【4/5(金)公開】シネマ歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』予告編

内容は、なんか良く分からんけど『桜の森の満開の下』と『夜長姫と耳男』をミックスしたような創作物語になるらしい。どちらも安吾の代表的な短編小説であるし、いずれも男女の関係を描き、残酷で人外じみた毒婦に男が溺れ、破滅するという構成にも一致はあるが、混ぜてどうなるかは疑問だ。

どっちも原作は単体で完成しているのだから、中途半端に要素を組み合わせた程度のものではなく、バラバラにしてモザイク模様のように再構築した全くの別物であることを期待したいと思う。

あと、個人的には夜長姫が好きなのでそちらも色々と期待したいな。特に例の台詞は使っていて欲しい。人間の発声によるものを是非聴いてみたいと思っていたのだ。

「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして……」